ラ・フェスタ・ミッレミリア、2日目3日目は、まさに「錦秋」と表現するにふさわしいこの国のもっとも美しい時期の南東北を巡り、そこから、関東平野を南下して、千葉県の成田へ。そして最終日にスタート地点の明治神宮を目指すというルートです。この間、私たちレッカーチームは状況で先回りしたり、待機してショートカットしたりしながら、イベントの主役のクラシックカーたちの一群に帯同していました。

筆者にとってクラシックカーの魅力を初めて実感したのが、第一回のラ・フェスタ・ミッレミリアのゴールを見に行ってですので、もちろん、こうしてかかわれること自体夢ような体験、ではあるわけですが、それ以外に、実際に参加してよかったと思うことがいくつかありました。ここではそんなことについて触れてみたいと思います。

ぶっちゃけた話そんなに出動回数は多くはないレッカー部隊の仕事

結局4日間の間に私が救援に駆け付けてレッカー運んだクルマは2台でした。そのほか、コース上で止まってしまったクルマを、他のトラックに積み込む手伝いで押したりというのを含めても5回程度ですから、常に臨戦態勢ではあり、そうそう雰囲気を満喫してもいられないですが、それほど過酷ではないというのが、お手伝いさせていただいての率直な感想でした。

「壊れない!クラシックカーは。」具体的にはこんな感想になるでしょうか。もちろん、熟練のメカニック氏がこの晴れ舞台に向けて、時間をかけてコンディションを整えてきたに違いありません。それには当然相当の費用だって掛かったことでしょう。だから、パチッとドアを開けたら、ワンタッチですぐに出発できる最新のクルマと、対等の評価をすることは勿論すべきではないでしょう。しかし、それでもシンプルな構造、今より自動車製造におけるコスト意識の、いい意味で希薄なクルマたち。多くの人が気を揉むほどには壊れないし、相当にタフでもあるな、というのが実感でした。しかし、トラブルの温床になるのは「埋められない時間」です。ちゃんとしていれば壊れないが、長い年月の中での経年劣化によるトラブルはやはり避けられないところなのだなあと感じました。

しかし、そういうトラブルと向き合うのも、そして私たちのように、万が一に備えて参加車とは離れたところで待機していることでさえ「これもラ・フェスタ・ミッレミリアだ」ということでしょう。

私が運んだのはスタンゲリーニとベントレー。スタンゲリーニは一部ギヤが入らなくあってしまい移動は可能だがドライブは修理が必要という状況。ベントレーは、結局連日の雨の影響もあってか、高速道路上でエンジンストール。ちなみにこの二台とも、トラックには自分で載りました。ベントレーはセルモーターだけで1.5トンは優に超えようかという自重を軽々と荷台に収まっていきました。1920年代の荘厳なクラシック・ベントレーのEV顔負けの芸当を目の当たりにして、思わず感心してしまいました。積み込むや否や、オーナー(エントラント)と固定位置を相談しながら固縛。当然ホイールではなくアームの付根の部分で4輪(4か所)を固定。ちなみに、旧車の場合はタイヤの幅が狭いので、タイヤ固縛は完全とは言えません。すぐにずれてしまう可能性もありますし、側突リスクで考えると、アームで固定する方が万能であると言えます。タイヤ固縛の場合はロープでぐるぐる巻きにするか、ネット上に車輪を上から押さえることができるタイプの装置をするべきでしょう。

画像: ギヤの入らなくなったスタンゲリーニ。

ギヤの入らなくなったスタンゲリーニ。

画像: 小さく軽いクルマこそ気を使う、というのは積載車に乗るようになって痛感していることだ。

小さく軽いクルマこそ気を使う、というのは積載車に乗るようになって痛感していることだ。

画像: オーナーと相談しつつ前後をしっかり固縛

オーナーと相談しつつ前後をしっかり固縛

画像: 逆向きの車止めもだめ押しでぐるぐる巻きにして念を入れて固定する。

逆向きの車止めもだめ押しでぐるぐる巻きにして念を入れて固定する。

画像: セルモーターでここまで自分で上がったベントレー。抜かりなくけた外れに頑丈な作りには関心させられた。

セルモーターでここまで自分で上がったベントレー。抜かりなくけた外れに頑丈な作りには関心させられた。

画像: 鉄道車両ではないかと思わせるような足回り付近の屈強な作り。やはりオーナーと相談しつつの固縛ではあるが、数ある積載車両でもこれほど固縛ポイントがストレスフリーなクルマもないというレベルだった。

鉄道車両ではないかと思わせるような足回り付近の屈強な作り。やはりオーナーと相談しつつの固縛ではあるが、数ある積載車両でもこれほど固縛ポイントがストレスフリーなクルマもないというレベルだった。

画像: 3日目の夕方豪雨の北関東道で止まってしまったベントレー。一般道までの短距離回送。

3日目の夕方豪雨の北関東道で止まってしまったベントレー。一般道までの短距離回送。

ほかにも2台積載車が帯同していましたが、その二台もレッカーとしての救援自体は2~3台程度ですので、初参加の私だけが極端に少ないということでもなかったようでした。もっとも「いつどんな不測の事態が起こるかわからない」ことに対する備えが役目ですのでこれでいいのですが、そんな設備がなくてもコンディションの調整も一晩でできたりするのを見ると、何か古いからこその信頼性、自動車としてのエバーグリーンさは、現代のクルマ以上だな、と実感することもできました。

画像: レッカーでクルマを搬送した後はアイドルタイムが発生することも。錦秋の奥会津なら、そんな時間も神様がくれたご褒美?と思えるほど。豊かな色彩と、木々の香りで包まれる。

レッカーでクルマを搬送した後はアイドルタイムが発生することも。錦秋の奥会津なら、そんな時間も神様がくれたご褒美?と思えるほど。豊かな色彩と、木々の香りで包まれる。

画像: 喜多方では昼食を兼ねて。喜多方ラーメンも

喜多方では昼食を兼ねて。喜多方ラーメンも

「自動車文化はすでに根付いている」

日本は自動車文化の面では遅れている、とよく言われます。しかし、この発言自体を封印した方がいいのではないか、と今回参加者の皆さんの後ろからトラックで走って帯同させていただき実感したことでした。

もちろん、こうしたイベントに参加されるカーガイもこれだけいて、自らの背中で魅せる方もかなり増えてきているではありませんか。この事実も勿論、すでに自動車文化が成熟してきた証ではあると思います。そして最近ではクラシックカーのイベント、自動車のミーティングの類もかなり増えて、是非一度お邪魔して取材したいと思いつつも、日程調整ができずに伺えないという事案が多々発生するほど、機会が増えてきています。これは多いい歓迎するべきことです。

しかし、私がここで書き留めておきたいのは、そうした参加者が増えてきたことではなく、「イベント自体にエントリーして参加しているわけではない人たち」のことなのです。沿道を見てほしいのです。なかにはミッレミリアの旗をもって、またその旗を持っていない人でさえ、道端に出て参加車両は勿論、私たちや、イベント運営のオフィシャルカーにまで手を振ってくれる人が相当数いるのです。もちろん各チェックポイントに家族でクルマで駆け付けて見学に来る人も大勢いて、そういう意味で周辺のクルマ好きの皆さんも一緒に楽しんでいるさまはわかりやすいものです。しかし、普段暮らしている日常にミッレミリアのクルマがやってきて、そういうのを一緒に楽しんでくれている。私にさえ手を振ってくれたから、振り返したということは一度や二度ではありませんでした。特に3日目は雨も上がり、日曜日ということもあって、世代を超えて子供、お年寄り、男女の別を問わず大変多くの人が沿道で声援を送ってくれていました。おそらく私たちレッカー部隊が通るのはかなり後方でしたから、参加車両が走ったころにはもっと大勢の人が出ていたに違いありません。

画像: 沿道にも大勢のギャラリーが。

沿道にも大勢のギャラリーが。

画像1: 「自動車文化はすでに根付いている」
画像2: 「自動車文化はすでに根付いている」

ここで感じたのは「日本は遅れている」というのをやめるべきだということです。日本人の精神性として、足りないことを反省し、改善しようというのはあります。けれども、できていることを良しとする点では不足している面があるように感じるのです。こうしたある人にとっては趣味であり、そうしたものを現地で待ち受ける人からしたら、「暮らしの中、生活環境にクラシックカーが入ってくるという環境・文化」なのです。こうしたことに責任予算は必要でしょうか。もっと自由に、いろんなスタイルで、それぞれの人たちの楽しみ方がある。すでにそんな雰囲気を感じることができたラ・フェスタ・ミッレミリアの沿道風景。あれが自動車文化でなければ何なのでしょうか。

「自動車文化を盛り上げよう」と言っているうちは、まだまだだ。と常々思ってまいりました。しかしわざわざ「自動車文化を楽しもう」と掲げずに自然と、ミッレミリアの名車たちをふらりと愛でる人たちがすでに、錦秋の会津、涙が出るほど美しい山間の街にいるではないですか。その光景を目の当たりにできたことが実は今回参加した最大の収穫だったかもしれません。日本もなかなか捨てたものじゃない!そう思ったのです。

背中で魅せる人がいて、それを愛でる人がいる。ラ・フェスタ・ミッレミリアは、まるでのクラシックカーが作り上げる「音楽のようなイベント」。そんな側面を感じることができました。こういうイベントが、すでにあるものは継続し、全国的に横展開されて、クルマを介して、訪れる人と迎える人の心の交流が図られる。そうした風景を見にまた人々が足を運ぶ。こういう連鎖こそもっと大切にすべきではないでしょうか。

一番きれいな時期にクラシックカーが駆け抜ける東北の風景。もっと多くの人に見てほしい。この国にはもっと見ておくべき風景があるのです。走らずにはいられない道があります。その沿道に集う人に会いに、できればまた訪れてみたい。

「これもラ・フェスタ・ミッレミリアだ。」素晴らしい機会を下さった皆さんに心からお礼を申し上げます。そして、積載車を買って本当に良かった。2019年の尊い思いでおひとつになりました。

画像: 最終日、成田のANAホテルでは、高さ制限の関係でエントリーのランチアウレリアの隣で夜を明かした。

最終日、成田のANAホテルでは、高さ制限の関係でエントリーのランチアウレリアの隣で夜を明かした。

画像: 明治神宮に無事帰還。

明治神宮に無事帰還。

画像: こうして私のはじめてのラフェスタミッレミリアは幕を下ろした。レッカーで参加!しかしこれも間違いなくミッレミリアだ!

こうして私のはじめてのラフェスタミッレミリアは幕を下ろした。レッカーで参加!しかしこれも間違いなくミッレミリアだ!

画像: ステッカーを剥がす時はレッカー部隊でも一抹の寂しさがこみ上げるもの。

ステッカーを剥がす時はレッカー部隊でも一抹の寂しさがこみ上げるもの。

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